さぁ、田舎暮らしを始めよう(26)団塊の皆さん
戦後の経済発展の一翼を担ってきた団塊の皆さん、大変ご苦労さんでした。人生第2幕が、開けられようとしております。ある種の価値観から開放されて、数十年と言う人生第2幕の訪れには、大地に絡み、大自然に抱かれた、思い切った生活転換を、計ろうではありませんか!其れは“田舎暮らし”です。 都会とは空気が違います。健康にも良く、寿命も伸びます。何かあったら2時間で、東京に戻れます。其の為には、後悔が残らぬよう、周到な事前準備が必要です。大切な周辺環境を、整理し理解する為には、真剣な学習が不可欠で、その相談相手に、当大豊建設が的確と、自認しております。つまり、当社大井ヶ森手白尾分譲地販売に当たってご用意した、大豊建設の“生涯サービス、田舎暮らし”ソフトの発動となります。大豊建設と、北杜市長坂町大井ヶ森地区とは、戦前から地縁血縁があり、重要な村人と知り合いです(世帯交代も多いが)。又、大豊建設の倉庫及び工場用地は、南の大井ヶ森新田林地区に在って、これから数年かけて、開発事業を進展する予定です。平成16年11月1日より山梨県北巨摩郡明野村、同須玉町、同高根町、同長坂町、同大泉村、同白州町、同武川村を廃し、その区域を以って北杜市を設置する事となった。2006年3月15日には、かねてより予定されていた小渕沢町も、後追い合併した。いわゆる町村合併である。その結果面積は、602,89K㎡と県下最大で、人口は、50,084人(2006年7月1日現在)に対し長坂町の人口は、9506名・3、869所帯(2006年12月1日現在)、手白尾分譲地のある地元大井ヶ森は、507名(男257・女250)・224所帯(2006、12、1)で、この10年前の1996年12月29日では、340人・125所帯である。増加分の167人は、概ね他地域から移転し、住民登録をされた方々と思われる。実際の別荘住宅は、この2・3倍あって、非登録住民である。地元住民の性は、白倉・板山・清水でほぼ統一され、歴史的因縁を彷彿させるが、歴史好きの方には、さぞや興味をそそるものが、有ることでしょう。例年公民館で開催される、諏訪神社の秋の祭典には(9月末の土・日)、米の収穫を終えた安堵も手伝って、賑やかに執り行われ、去年は150人位の参加だったか゛、別荘族や新住民の参加が見られないのは、何故か寂しい。昔は、広場に櫓を組み、今では大型トラックの荷台を使って、盆踊りや(時期が重複するが)様々な出し物を披露していたが、夜間照明効果もあって、それなりに美しく見え、楽しいのである。この祭事を通じて分かる事は、村人と新住民の間に溝があって、両者の融合がなされていない事である。この辺りを区長に話したところ、村からの呼びかけに、新住民・別荘族が応じていない事にあるという。現在時点では、村人と新住民との間の“住み分け”が自然発生的に就いているのだが、今後は永い時を掛けて、交流・融合されていくのは自然の成り行きだと、大豊建設は診ている。然しながら現在でも、各種行政サービスに一部円滑さを欠き、矛盾も垣間見えているので、解消する為にも、どちらかと言えば、新住民に対し、村人に溶け込む積極的努力が望まれる所だ。手白尾住民となる方には、必要な田舎暮らしソフトを助言し、地元の頼りに成る方をご紹介致しますので、是非村人と交流されるよう、強く重ねて希望いたします。その様な人的交流があってこそ、自給自足農業を始め、就業への最善の環境が、担保されるのです。田舎暮らしの究極の“悦び”なのです。地域融合の輪が一旦始まれば、様々な方向へと“慶び”が、水紋の様に広がっていく事でしょう。
此処で、大豊建設からのご提案が御座います。特別参加型の注文システムです。当社分譲地の手白尾で又どの地域でも、“耐震構造”の家を建てるには、先ず山に入って選択し、気に入った木を自分で切り出すのです。無論大豊建設の指導の基、1本の柱材だけでも、自らの記念となれば良いのです。森林の失われた有効活用と、木材自給の僅かな一助と自己耽溺し、ひいては、敷地の1画に畑を設け、季節の野菜やソバを栽培し、汗を搾れば楽しい事この上も無く、ついつい時の経つのを忘れてしまう事に、気付くのです。そして大切な事は、生活費が余りかからない人生を手にするので、歓びもひとしお胸一杯となる事なのです。もっともっと土を相手にしたい衝動に駆られたら、地元の田圃で米作りに精を出すのも、“田舎暮らし”に生き甲斐を感じる事になるのでしょう。無論、土地や技術のご相談も、必要となるが、その時大豊建設は、地元時間で誠実に対応する事を、お約束いたします。
大井ヶ森地区224所帯の内、専業農家は今や数軒に過ぎず、其れも全員が高齢者で、夫婦共働きである。農業を嫌って若者が村を出、残っている人は、兼業農家である。其処へもって来て、過去の“農地改良事業”で整備された筈の田圃が、減反政策と人手不足により、休耕田と成って行ったが、此処に来て、農地の有効活用を図ろうとして、村ぐるみ、ソバや大豆の栽培に取り組もうとしているのが、今日この頃である。大変結構な事であるが、ここでも働き手を求めているのである。当社の工場建設が完成すれば、村の雇用のお役に立つ事になるのであろうかと、ほのかに期待を抱きつつ、事態の推移を見守っている今日この頃なのだ。
兎に角生活がし易いのです。大井ヶ森手白尾分譲地は、標高922mに位置する唐松林に囲まれた永住(型別荘)
宅地で、雲を戴いて厳然とそびえる八ヶ岳連峰は、主峰赤岳・2899Mを中心として山梨・長野両県にまたがり、かの雄大な裾野は、中央高速道の甲府北辺りから視界に入り、新鮮な空気を一身に浴びて、韮崎辺りから展望される。その南麓面積は約12K㎡で、日本屈指の高原を左右に首を振れば、爽快さと人が抱く自然回帰(田舎暮らし)の本能が込み上げてくる。落葉樹を中心に針葉樹を絡ませながら、大森林を形作る様は見事であり、紅葉の美しさは息を呑むばかりである。森林は大部分県有林で、動植物の保護地域である。小淵沢インターから、当社手白尾分譲地に到るレインボーライン一帯は、背の高い赤松樹林帯で、赤松の生地材を使った和風建築は、見事に美しい出来栄えなので、時を忘れ、思わず佇んでしまう。次に大井ヶ森地区が生活しやすい理由をご説明致しましょう。南麓の晴天日数は、例えば軽井沢の約2倍、東京の約2,5倍と恵まれ、その分必然的に日照時間が多く長いので、生活もし易いのである。これは、冬の主として日本海側からの風は、八ヶ岳の北側で雨や雪を落とし、南麓側には乾燥した風が降りてくるが、大森林帯の為、葉の蒸散作用が相互に手伝って、適度に乾燥した空気となり、又西側の南アルプスよりの風は、西側で雨や雪を降らせ、適切に乾燥した風が、大井ヶ森地区に降り注ぐので、生活環境に良いのである。西からのアルプス越えの風は、時々強く吹くときがあるが、お得意の森林に囲われている為、東西方向の道路を除けば、その強さを、さして感じない。夏の平均気温は、約20度、最も暑くて平均約28度、平均湿度は70%以下、東京・名古屋・大阪の夏の不快指数平均85に比べ、平均66である。今、手白尾にお住まいの木村さんご夫妻は、埼玉県和光市から移住され、自給自足農業で汗を掻きながら、地域のコミュニティに積極的に参加され、充実した日々を消化された為、和光市に居た時よりも、心身ともに健康となったので、当社の宣伝にもご参加戴きました。此れは基より、南麓の自然環境がかもし出す天然の恵みであり、北の八ヶ岳、西の南アルプス、南の富士山、東の秩父連山と、四方パノラマに抱かれたような至福の、洗練された自然環境に恵まれている事に、身体が反応し、悦びを一杯に吸収するからである。冬の晴れた風のある日、大井ヶ森区の中心部に身を於けば、パノラマが渇望出来る。土を相手に野菜を採って、心地良い疲れを抱いたら、気分晴らしにその昔使われ、今も残る“信玄棒道”の、兵どもが夢の後を散索するのも、これ又愉しい哉! それでは団塊の皆さん又、前途有為なる若者よ、何時でも個別に、ご相談を御請け致しますので、先ずはご連絡戴きたいと、願っております。 中村 完
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